春陽堂 山頭火文庫 句集(1) より


草木塔(一)


鉢の子

分け入つても分け入つても青い山

鴉鳴いてわたしも一人

生死の中の雪ふりしきる

へうへうとして水を味わふ

ひとりで蚊にくはれている

まつすぐな道でさみしい

だまって今日の草鞋穿く

ほろほろ酔うて木の葉ふる

しぐるるや死なないでいる

また見ることもない山が遠ざかる

百舌鳥啼いて身の捨てどころなし

どうしようもないわたしが歩いている

すべつてころんで山がひつそり

捨てきれない荷物のおもさまえうしろ

歳とれば故郷こひしいつくつくぼうし

酔うてこほろぎと寝ていたよ

また逢えた山茶花も咲いている

逢いたい、炭捨山が見えだした

笠も漏りだしたか

(昭和六年、熊本に落ちつくべく努めたけれど、どうしても落ちつけなかった。
またもや旅から旅へ旅しつづけるばかりである。)
自嘲
うしろすがたのしぐれてゆくか

鉄鉢の中にも霰

いつまで旅することの爪をきる

笠へぽつとり椿だつた

ここにおちつき草萌ゆる

いただいて足りて一人の箸をおく


其中一人

雨ふるふるさとはだしであるく

あれこれ食べるものはあって風の一日

ぬくい日の、まだ食べるものはある

雪に雪ふるしづけさにをる

雪ふる一人一人ゆく

こころすなほに御飯がふいた

てふてふうらからおもてにひらひら

やつぱり一人がよろしい雑草

すッぱだかへとんぼとまらうとするか

かさりこそり音させて鳴かぬ虫が来た


行乞途上

けふもいちにち風をあるいてきた

うつむいて石ころばかり

ほうたるこいこいふるさとにきた

いそいでもどるかなかなかなかな

笠をぬぎしみじみとぬれ

家を持たない秋がふかうなるばかり

曼珠沙華咲いてここがわたしの寝るところ


山行水行

山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春夏秋冬
あしたもよろし
ゆうべもよろし  

こほろぎよあすの米だけはある

月夜、あるだけの米をとぐ

ちんぽこもおそそも湧いてあふれる湯

うれしいこともかなしいことも草しげる

食べる物はあつて酔う物もあつて雑草の雨


  
旅から旅へ

わかれてきた道がまつすぐ

この道しかない春の雪ふる